2011年7月2日土曜日

水着の変遷

誕生当時の水着

19世紀、海水浴がレジャーとし水着て取り入れられた当時の水着は、体全体を覆うような、まったく露出のないものでした。長そでのブラウスにスカート、ベルト、そしてさらにモンペ状のズボン、頭には頭巾のような帽子。当初の水着姿はこのようなものでした。モンペ状のズボンは遊泳中に下着が見えないようにとの工夫でしょう。しかし、実際に着衣のまま水のなかに入った経験がある人ならおわかりでしょうが、水中では衣服が想像以上に体にまとわりつくものです。しかも水を含むため重くなり、動きにくくなります。ですからこのような姿で、長時間の水泳ができると女性 水着は思えません。ということはつまり、当時の海水浴とは、泳ぐというよりは水に浸かる程度のものだったのでしょう。
日本において海水浴が広まったのは、20世紀に入ってからです。谷崎潤一郎の原作を映画化した「アマチュア倶楽部」のなかで、ヒロインの千鶴子が水着姿を披露して、それが話題となったことからもわかるように、1920年ごろには女性の水着姿は、まだ一般的ではありませんでした。

ワンピース

ワンピースの水着が登場したのは20世紀初頭といわれています。しかし、当時はまだ体に密着したものではありませんでした。欧米では淑女は肌を見せないものであるという考えかたが一般的で、女性の水着の進化には時間がかかったのです。
しかし1912年、オリンピックの水泳競技に女性が参加するようになると、事態は一変します。動きにくい水着ではよいタイムを出せませんから、少しでも水の抵抗をなくすため、体に密着して大胆に肌を露出させるものがレディース水着次々と開発されていきました。現代のような露出度の高い水着が現れたのは、ファッションではなく、スポーツのためであるというのは興味深いことではないでしょうか。その後も水着はさらなる進化を遂げています。

ビキニ

ビキニが登場したのは、1930年ごろのこと。当時は「ビキニ」とは呼ばれずに、「ツーピース水着」と呼ばれていたようです。正式に「ビキニ」と名付けられた水着は1946年、ルイ・レアールのデザインでした。その名前の由来は、ハワイのビキニ環礁からとられました。同じ年、このビキニ環礁で戦後初の原爆実験がおこなわれたことから、「破壊力のある水着、人々を驚かせる水着」という意味で命名されたのだといわれています。しかしこの水着は、「露出度が高すぎる」と、多くのビーチでは着用禁止とされていました。ビキニが人々に受け入れられるまでには、発表からさらに10年以上の時間がかかっているのです。

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